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最初は1頭、しかも処分済みと発表されました。 ところが数週間のうちに、被害がどれくらい広がっているのか 検討もつかないぐらい、という状況に陥っています。 最初の発表は全くのデタラメだったのです。 農林水産省、厚生労働省、食肉業界、生産者。 多くの関係者がすでに正体が明らかな危機に対し、 見て見ぬフリをし続けてきていたのです。 薬害エイズの教訓はまたしても生かされませんでした。 当分の間、牛肉をすすんで食べる日本人はいないでしょう。 消費者をバカにした対応は、相応のしっぺ返しを食らうべきです。 見方を変えると、これは危機管理の問題でもあります。 最悪の事態をイメージし、被害を最小限に食い止めるため、 スピーディに判断し迅速に行動する。 しかし、今回またしても発揮された 「事なかれ主義」「先送り主義」「誰かが何とかするだろう」 という相変わらずの性根は、事態を最悪に導こうとしています。 こんな対応も出来ないくせに「テロ対策国会」だとは笑わせます! |
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2001年09月29日 02時26分29秒
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もっと早く知ってれば・・・という悔しさは実はありませんでした。 このようなシステム、サービスがあってよかった、 これでいつメモリーがすっ飛んでも安心安心、という、 わりと気分よく、天婦羅を食べに行こーっ、って感じだったのです(笑)。 その案内係の女の子に聞くと、 このサービスはドコモの支店でのみやってる、と最初言ってましたが、 後で、ドコモショップでもやってる、と可愛く(!)訂正して教えてくれました。 WindowsやMacへの互換性はなく、 ドコモに設置してあるそのコンピューターでしか使用できないようです。 僕は、また僕の周りの人も 携帯電話の安いところ、安いところを探して行っているので、 ドコモショップなんか修理の時ぐらいしか行きません。 もうそんな時は、直るのか直らないのか、買い替えなければならないのか、 修理は時間がどのくらいかかるのか、日にちはかかるのか、 じゃあ修理期間中は代替の携帯電話を貸せ、とか・・・ そういう切羽詰っている時なので、全然目に入りません。 たまにはドコモ支店やドコモショップに用がなくても 探検、偵察しに行っておかなければなりません。 |
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2001年09月28日 02時00分03秒
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天婦羅を食べに神田へ向ってた時、丸の内のある通りをクルマで走ってると、 ドコモを発見(後にここはドコモ支店だと知る)、 先週発売された新機種「D210is」「SO503is」をちょっと見ていこうと Noguchinと閉店間際の店内へ・・・ 「D210is」「SO503is」を確認、他機種とも比較しながら、 ああだこうだとチェックしていました。 そして店内をあちこち見て回っていると、 メモリーのバックアップ作成用のコンピューターを発見。 どうやら、このシステムにより携帯電話の電話帳メモリーを 自分でフロッピーディスクにバックアップが取れるのです。 店内案内係の女の子を呼び、念のために傍についてもらって、始めました。 コンピューターの操作は簡単なんですが、 これまでの僕の携帯電話における数々の苦労の労いと償い(!!)、 まぁ、間違いがないように用心のために一応、いてもらった・・・だけです(汗)。 フロッピーディスクをもらい、タッチパネルで承諾にOK、 システムと携帯電話を結線、電話機の暗証番号を入力、そしてGO! ・・・楽チンでした(笑)。 |
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2001年09月27日 02時47分37秒
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わーっ・・・ビックリしたぁ! 今さっき、部屋の玄関の外に馬鹿でかいガマガエルがいました! うちは2階なんですが、階段を上って帰宅したら、 ガマガエルがこちらを向いて、ジーっとしていました。 しばらくしゃがんで観察していましたが、 あまりにも威風堂々としていて、じぃ〜っと静かに 何か思いをはせてるような感じだったので、 邪魔をしてはいけないと僕は部屋に入ってきました。 しかしやっぱり、人に踏まれたり、ネコにイタズラされたり、 ドアに挟まれたりしないように、草むらかどこかに避難させてあげようと、 玄関をそーっと開け、外廊下に出ました。 ものの何分も経っていません。 もうその姿はありませんでした。 1階に下りたのかな、と思い、1階も全て捜してみましたが、いません。 ひょっとして3階にピョコタン、ピョコタンと上っていったのかな、と 3階も全部捜してみましたが、やはりいません。 そんなに足も速くないでしょうし、そう遠くに行くはずはありません。 ・・・神の化身だったのでしょうか? それとも、このマンションの主だったのでしょうか? |
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2001年09月26日 03時09分56秒
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3人で一緒に、自転車を押しながら街路案内図に向かって歩き出しました。 向かっている時、いつも何をして遊ぶとか、誰々ちゃんとも遊ぶとか、 ママはどうでパパはどうで、と、2人はいろいろと話してくれました。 すると、弟クンが突然 「あったぁーっ!」 何があったのかと思ったら、道があったそうです。 いつも公園に行く時に通る道が左にあったそうです。 「ココ、いつも通ってたもん!」 今まで不安そうでとってもおとなしかった弟クンが 道を発見できた安心感と喜びとで大変な興奮状態です。 いいところまで来てたのです。 1本、中に道を入ったら通り慣れた道ではありませんから、 この子たちにはなかなか分からなかったのですね。 「じゃぁ、もうお家、分かる?」 「うん、分かる!」 「じゃぁ、気をつけて帰ってね」 「うん!」 「じゃぁね〜、バイバイ」 「バイバ〜イ」 エリナちゃんと弟クンは自転車に乗り 手を振りながら、喜び勇んでその道を帰っていきました。 |
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2001年09月26日 03時08分44秒
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恐らく、お家に帰るのにおそくなってしまったので、 ママに叱られちゃう、とでも思ったのかもしれません。 いつもの道ではなく、近道しようとしたんじゃないでしょうか。 見慣れない道に、見慣れない風景、暗くもなっていますし、 方向が分からなっちゃったのでしょう。 ところで、今までおとなしかった弟クン、心配そうにしていましたが 実はなかなか冷静でしっかりしているのにビックリしました。 この人はきっと僕たちのお家がわからない、と お姉ちゃんのエリカちゃんと僕(Hidechang)とのやりとりを これまでジーっと聞いていて、思ったのでしょう。 「分からなくなったら、交番にどうのこうの・・・」 分からないんなら、早く僕らを交番に連れて行け、と(笑)。 でも残念ながら、その交番が遠いのです(ゴメンね)。 「その杉山公園に行ったら、お家に帰る道って分かるのかな?」 「ん〜・・・多分、分かると思う」 「じゃぁ、地図があるから、そこに行って公園の場所を捜してみようか」 「うん」 「で、見つけたら公園に連れてってあげるね」 「(弟くんとエリナちゃん、2人で)うん!」 50メートルぐらい向こうに近辺の街路案内図があったことに気付き、 そこで”杉山公園”の位置を確認し、連れて行ってあげようと思ったのでした。 |
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2001年09月26日 03時08分12秒
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2台の小さな自転車に乗った、4歳ぐらいの弟クンと5歳ぐらいのお姉ちゃんが、 すいませ〜ん、と、マウンテンバイクに乗っていた僕に小さく声を掛けました。 「エリナのお家、知ってますか?」 どうやら迷子になってしまったようです。 夕方で、日も暮れかかっています。 心配したママの不安げな様子も目に浮かびます。 僕はこの子たちを全く知らないので、当然”エリナ”ちゃんのお家も知りません。 「どうしたの?」 「あのね、エリナたちがね、公園からお家に帰ろうとしたらね、 道が分からなくなっちゃったの」 「ああ、そう、エリナちゃんのお家の近くには何かある? お店とか、面白いものとか」 この近辺は大体分かるので、連れて行ってあげようと思いましたが・・・ 「ん〜、わからない」 「じゃぁ、お家の電話番号って分かるかな?」 「ん〜・・・わからない」 「そうか、そうだよね」 携帯でお家に電話して(そう、新しくしたばかりの【P503is】で)、 エリナちゃんのママに迎えに来てもらおうか、と思いましたがダメでした。 「エリナたちはね、杉山公園によく行くんだよ」 「お家に帰ろうとしたんだよ、でもわからなくなっちゃったの」 でも、そんなに遠くではないはずです。 |
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2001年09月26日 03時07分37秒
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対米同時多発テロ事件で、ブッシュ大統領は徹底的な報復を行うそうです。 そして多くの国家がそれを支持しています。 しかし、「報復」って結局なんのことでしょうか。 もちろんそれは「人殺し」です。 人殺しがこれほど声高に、 しかも正義の名をもって語られることに違和感を覚えます。 規模の大きさに惑わされず、頭を冷やして考えてみましょう。 どんな犯罪でも証拠にもとづいて犯人を逮捕し、法に照らして裁くべきです。 今のアメリカの対応は、 「どうせ、いつも文句言ってるおまえらがやったんだろ」 とか言って、周囲の人間もろとも皆殺しにするのと変わらない気がします。 そもそも「報復」っていってますが、 今回の事件がすでに報復なのだという発想はないのでしょうか。 アメリカがする報復は『正義』 アメリカへの報復は『テロ』 ・・・とする根拠がよく解りません。 人の命を奪った犯人を許すことはできません。 亡くなった人の無念さを思うと怒りがこみあげます。 しかしアメリカが「報復」に成功したら、こんな事件はなくせるのでしょうか? いや、その「報復に対する報復」がまたやってくるだけです。 とにかく、アメリカのいつもの「報復」で また関係のない人が殺されないことを祈ります。 |
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2001年09月22日 01時35分48秒
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ここで女装ネタが度々出てくる傾向がありますが・・・(汗)。 しかし、これはどうなのでしょうか。 奇策というか、珍作戦を愛知県警は導入しています。 名古屋市の栄(東海地方最大の繁華街)で、 女装した男性警察官(!)がひったくりの多発地帯で警戒にあたっています。 繁華街で深夜、OLやホステスが被害にあうケースが増えているので、 ひったくり犯をおびき寄せ、現行犯逮捕してやろうっていうのです。 女装するのは小柄できゃしゃな若手警察官4人、 ロングヘアのカツラにポロシャツでジーパン姿、 歩き方も無理矢理女らしくして、でも眼つきはきびしく、 深夜から未明にかけ繁華街の裏通り等を巡回しています。 バレバレ、気持ち悪い(笑)。 そんなのにはおびき寄せられんっつうの。 |
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2001年09月21日 01時51分09秒
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つけそばを食べに行きました。 この店構えから前を通るたびに気になっていた店です。 きっと気合の入った味に違いありません。 "Food For Fucker"君をクルマに乗せ、店の前に車をつけると、 ちょうど暖簾を下ろす女性店員がいます。 どうやら閉店のようですが、クルマを降りて、 「営業は何時までなんですか?」 「12時までですけど、どうぞ」 深夜12時ですが、この感じのいい(!)女性店員さんは快く迎え入れてくれました。 後に3人、そして1人と計4人の客が入ってきました。 僕達は注文をして、麺をゆでている厳ついながらも優しそうな豪快な主人、 スープに気を配りながら具を用意する男性店員、 そして、3人客が注文したビールをジョッキに注いでいる 先程の感じのいい(!!)女性店員さんの仕事振りを見ながら どんなのが出てくるんだろう、と、楽しみに待っていました。 すると・・・ 「ズビっ、プシューっ!」 突然、左方向にあるビールを注ぐ機械から大量のビールが飛び散り、 近くに座っていた僕は”ビール泡まみれ男”になってしまいました。 ・・・あの感じのいい(!!!)女性店員さんにやられました(笑)。 |
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2001年09月20日 01時02分07秒
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パールハーバーへの奇襲から始まった太平洋戦争が 核爆弾の投下で幕を閉じたことは、我々が一番よく知っています。 カミカゼアタックを仕掛けてくる理解不能な敵は徹底的に叩く、 というのがアメリカの基本姿勢です。 問題はその手段です。 太平洋戦争での原子爆弾に始まり、ベトナム戦争の枯葉剤、 湾岸戦争以降で使用された劣化ウラン弾など、 勝利という結果を導き出すためには 手段を選ばないのもアメリカという国の特徴です。 このテロの首謀者とした、オサマ・ビン・ラディン氏をどう処置するのか!? タリバン政権の庇護を受けてアフガニスタンに潜伏する ラディン氏を叩くのは容易なことではありません。 タリバン政権を支援してきた隣国・パキスタンは核保有国だからです。 扱いを誤れば核戦争だって十分ありえます。 |
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2001年09月19日 02時08分40秒
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先日14日のワシントン・ナショナル・カテドラル、 16日のマンハッタンのセント・パトリック大聖堂での 追悼式典に参列した人々の顔は、まさにエンジェルでした。 純真で無垢な被害者の顔でした。 一番恐ろしいことは、彼らは本当に自分達のことを ”純真で無垢な被害者” だと思っている、思いこんでいることだと僕は思います。 だからこそ「報復」という言葉が出てくるのです。 ”God Bless America”が聞いて呆れます! まさにその厚顔無恥さこそが、 今回の事件を発生させたと言っても過言ではないでしょう。 |
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2001年09月18日 04時12分54秒
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物事の結果には必ず原因があります。 自分では罪がないと思っているアメリカ人の、 いったいどれほどが本当に罪のない人だったのでしょうか。 少なくともイスラム原理主義者には、 アメリカ人というだけで憎悪の対象だったことでしょう。 いつもイスラエルの背後にあり、同胞に対する陰謀や殺戮を繰り返すアメリカ、 本来なら兄弟であるべきサウジアラビアやクウェートを骨抜きにし、 豆殻で豆を煮るような対イラク戦を仕掛けたアメリカ・・ それは憎悪という言葉では表し尽くせない”悪魔”に見えたかも知れません。 そのような”悪魔”の国に安楽に住み、日々歓楽に興じている国民にこそ、 同胞の恨みを目で見えるような形で示さなければならない、 と考えたとしても、それは(少なくとも僕には)理解できることです。 |
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2001年09月17日 00時16分53秒
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「報復すべしと言う人がほぼ90%」というニュースが流れる中で・・・ アメリカ人は自分たちがエンジェルだって思ってる。 自分たちが他の国に、どれほど酷いことをしてきたかを知らないんだ。 アメリカを憎んでる人々がいるってことを知らないんだ。 これは被害を受けた国々の人々からの報復だよ。 それなのに一方的に被害を受けたからって 正義感をふりかざして戦争でカタをつけようとしている。 おかしな話だね。 というレポートが流れてくるだけで、少しは心が休まる気がします。 何千人かの罪のない(と自分では思っている)人達の死に対して、 一見冷たく突き放した感もあるこの意見こそ、 実は「神の視点」なのではないでしょうか。 |
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2001年09月16日 03時36分05秒
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11日に起きた今回の同時多発テロをアメリカのテレビでは 「もう一つのパールハーバー」と表現しています。 真珠湾以来の奇襲攻撃だ、と言っているのです。 アメリカは国内の問題はさておいて、1つに固く結束するでしょう。 アメリカはイスラエルにおいて、アラブに対する挑発を続けてきました。 60年前の日本にした時のように・・・まさしく”パールハーバー”と同じです。 ところでテロが起きる前日、田中真紀子外務大臣は パールハーバーに停泊中の海上自衛隊救難艦「ちはや」を視察に訪れ、 実習船「えひめ丸」の引き揚げ作業に携わっている自衛隊員を激励し、 その後、ファーゴ米太平洋艦隊司令官と会談しました。 それにしても、またしても外務省・・・ こともあろうに9月6日にアメリカ大使館から寄せられたテロ警報を 田中外務大臣に報告していなかったことが判明しました。 思い起こすのは・・・ 真珠湾攻撃の際、日本はアメリカへの宣戦布告を 当時の駐米大使館員が怠っていたことです。 この攻撃により、散漫だったアメリカ世論は1つになり、 日本との戦争に急速に傾いていきました。 |
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2001年09月15日 01時01分50秒
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朝7時、開店してすぐのマックに行き、 ホットケーキ&ソーセージセット(\390)の野菜生活セット(プラス\100)に コーンポタージュスープ(\180)を注文しました。 すると・・・ 「申し訳ありませんが、機械の故障でソーセージが焼けないので、 別のセットにしてもらってもいいですか?」 「あっ、そうなんだ、じゃぁ、ホットケーキセット」 「すいません、こちらでお召し上がりですか?」 「はい・・・ホットケーキは大丈夫なの?」 「はい、大丈夫です!」 他の客もまだチラホラとしかいない、フロアーで席に着いて食べ始めました。 ハッシュポテトが胃にこたえます(こんなんいらないのに、別のにしろ)。 コーンポタージュスープは相変わらず、胃に優しいです。 そして、ホットケーキは・・・あれっ、冷たい・・・何で? マーガリンも全然溶けやしません(当然そう)。 カウンターにホットケーキを器のまま、持っていって店員に見せました。 すると他のホットケーキを調べたり、機械等の点検を始めだしました。 「申し訳ありません、機械が故障したみたいで温かいのはできません」 「じゃぁ、ほやほやのホットケーキは今、ないんですね」 「はい・・・」 「直るの?」 「いや、ちょっと・・・」 「・・・(開店前にチェックしとけよ、バカっ)」 店員はお客さんに出す前にホットケーキの器を持ち、トレイにのせます。 その器が温かくないので、これはヤバい、って気付かないんですかねぇ。 ところで、ホットケーキは店で焼いているんじゃないんですね。 工場ですでに調理済みのをただ、チーンしてるだけ。 それが今回、はっきり分かりました。 もちろん冷たい(!)ホットケーキはお金を払っているので全部食べました(笑)。 |
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2001年09月14日 02時20分10秒
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11日、台風15号が通過した数時間後、 雨が上がったと思ったらデジカメを持って、多摩川に行ってみました。 すると・・・ 今日は花火大会だったっけ!? って、いうぐらいのたくさんの人が土手に集まって、多摩川を見ています。 同じようにカメラを持ってきて写真を撮っている人も何人かいます。 そんな中、僕はバシャバシャと水の中に入っていき、写真を撮りました。 膝まで水に浸かり、進んでいきます。 所々、なかなか深いところもありますが、普段、 よくこの河川敷グランドで野球をやっているので、どこがそうなのかは分っています。 駐車場、多摩川、野球場と撮影しました。 これらの写真は、とあるHPに緊急特別企画としてその日未明にアップしました。 18日までの1週間、期間限定公開としてますので、 19日にもこちらに引き上げてきて、ここでアップします。 洪水の傷跡だけではない、また別の光景も写真に収めることができました。 楽しみにしておいてください。 |
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2001年09月13日 03時35分51秒
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台風15号のことを書こうと決めてたのですが、 狂牛病のことについても一言触れたい、と思ってたら、 もっと凄いことが起こりました。 今日11日22時、110階建ての世界貿易センタービル(ツインタワービル)の80階付近に ボストン発のアメリカン航空機が突っ込みました。 と、いうニュースを見ていたら、もう一機、 ボストン発のアメリカン航空機が実況映像中継の最中に突っ込みました。 世界貿易センタービルの1つが倒壊した、と思ったら、 今度は国防総省(ペンタゴン)のヘリコプター発着場に航空機が突っ込みました。 アメリカが、これらを同時多発テロと断定した、と思ったら、 今度は連邦議会ビルでも爆発炎上がありました。 また、国務省付近の自動車等の大規模な爆発、建物も火災炎上しています。 残っていたもう1つの世界貿易センタービルも倒壊し、完全になくなってしまいました。 すると今度は、ペンシルベニア州に大型航空機が墜落しました。 ワシントンの政府機関建物から職員全員避難しています。 現在、アメリカは戦争・核戦争状態と同様、最大の警戒態勢に入っています。 ・・・もう次から次へと未確認情報や新たな情報が入ってきています。 ペンタゴンは新たに航空機が突撃してくる可能性があるとして 今、空軍機・F16が上空で迎撃待機しています。 そしてこれに伴い、日本の在日米軍基地(三沢・岩国・厚木)でも テロが起こる可能性があるとして警戒に入りました。 12日0時現在ではこのような状況です。 まだまだこれからもテロが続くかもしれません。 今日も昨日の台風と同じように、朝までニュースから目が離せなくなりました。 |
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2001年09月12日 00時16分53秒
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二次会が半分ぐらい過ぎたところで、 ホワイトドルフィンズの”清原”もやって来ました。 そして、ビンゴゲーム。 グロリアスのメンバーも何人かがビンゴ、ビアーズの大男もビンゴ、 ホワイトドルフィンズの”清原”も遅く来たにもかかわらずビンゴ (一番、形が大きい箱の賞品をかっさらっていきました、 しかも壇上でホントに「清原和博です」と言ってました)、 Qちゃんづの僕は、全く端にも棒にもかかりませんでした・・・。 でも、ビンゴゲームは大盛り上がりで壇上のほうが人が多いぐらいです。 収拾がつかないので一旦、席に着け、といったぐらいですから(笑)。 スピーカー男も熱くなり、上のユニフォームを脱ぎ、アンダーシャツ姿です。 また、ミスチルとブルーハーツを我等、草野球チームのうち2名が各々歌いました (他の人の歌の時も草野球チーム関係者数名乱入、歌う)。 特にブルーハーツは凄かった・・・。 グランド上の姿からはとてもじゃないけど、全く思いも尽きませんでした。 よかった、これは(笑)。 今後、打席に立つ度に「リンダリンダ」を必ず歌ってもらいます! |
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2001年09月11日 01時03分12秒
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グロリアスのメンバーもホテル地下の店で飲んでいましたが、 三々五々、戻ってきました。 僕らがいかにも試合帰り、打ち上げ、反省会、 っていう感じの3人だったので、ビックリしています。 ユニフォームの足首の裾もまくっていましたし(笑)。 二次会が始まりそうなので、グロリアス・ビアーズ・Qちゃんづ連合軍は 真ん中の最前列のテーブルに移動しました。 ・・・始まりました。 壇上の新郎新婦席に着いていたのはほんの最初だけ、 新郎・英之さんは各テーブルを飛び回っています。 新婦・さとみさんもピーチクパーチク飛び回っています(ウソです)。 司会の熱血左腕クン(上手いなぁ、と僕らは絶賛)も この2人が今、どこにいるのか、 何度も何度もマイクで”呼び出し”をして捜していました。 お2人へのスピーチに壇上で新郎は席に座っていましたが、新婦が見えません。 あれっ・・・さとみさんはこの胡散臭い(!)野球テーブル席に座り、 話したり、飲んだりしながら、そのスピーチを聞いています。 「多分、戻った方がいいんじゃぁ・・・」 と、こちらが言うと、あっ、とか言いながら、小走りで壇上へ走っていきました。 ・・・可愛い人です(笑)。 |
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2001年09月10日 04時22分45秒
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3人ともトイレで着替えた後、地下ロビーの奥の方で待機、そして1Fの会場に移動。 でも、まだ配膳係の人や音響係の人が準備をしています。 司会担当の人も打ち合わせをしています。 ・・・一番乗りです。 二次会が始まるまでにはまだまだ時間はありますが 受付を済ませ、準備中なので テーブル席ではない、入り口近くのイスに座って待っていました。 いきなり野球のユニフォームを着た人間がドカドカと入ってきて、 イスに座って、メガホンがどうの、バットがどうの、と大声で話しているので 係りの人もチラチラ見ながら用意しています。 そのうちビールを係りの人が持ってきてくれたので、 飲んでいたのですが、他に誰も来ません。 時々、会場入り口のドアが開くのですが、 ユニフォーム姿の3人が飲みながらワーワー言ってるのを見て、 再びドアを閉め、入りにくいのかどうも中に入って来ないのです。 出席者は入り口外の廊下で入るに入られず、大勢溜まっていました(笑)。 |
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2001年09月10日 04時21分00秒
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野球の試合でよく対戦する、 グロリアスの英之さん・さとみさんの結婚式の二次会に これまたよく対戦するビアーズのビッグ男とスピーカ男と一緒に行ってきました。 式場、披露宴と二次会会場は同じホテル内です。 恐らくみなさん、正装でしょう。 ということで、僕はQちゃんづのユニフォーム、 2人はビアーズのユニフォームで出席しました。 スピーカー男と僕は二次会が始まる1時間前に到着、 出席者・関係者に見つからないように、まず会場を偵察、 確認した後、ここなら知ってる人に見つからないだろう、と 別館にて密かに着替える場所を捜していました。 そうこうしているとビッグ男から携帯に電話があり、 今、ホテルの駐車場に到着した、という・・・ 「今、場所を捜して着替えようとしてる、別館のどこそこにいるからココに来てくれ」 と、僕がヒソヒソと話していると、 隣にいたスピーカー男が 「(大声で)アレっ、やばいなぁ!」 と言って、大笑いしています。 一番見つかってはならない新郎・英之さんに見つかってしまいました(笑)。 |
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2001年09月10日 04時19分18秒
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せっかくウキウキした楽しい気分で、新しい携帯電話【P503is】の設定や iモードやiアプリを試してみよう、と思っていたのに・・・。 結局・・・ 8月31日、【P503is】を購入、持ち帰ってバックアップの番号を手入力。 9月1日、購入店において【P207】を見ながら電話番号書き出し、帰宅後、追加手入力。 2日、番号手入力の続き 3日、コンピューターを見ながらメールアドレスの手入力 4日、アドレス手入力の続き、番号・アドレス入力完了(やったぁ〜!) 電話は31日から、iモードは翌1日から使用できました。 しかし慣れないながらの、この5日間にも及ぶ手入力の連続で指先が痛い・・・ でもそのおかげで”新規登録”はとても上手くなりました(笑)。 |
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2001年09月07日 00時44分35秒
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以前、といっても約1年半ぐらい前ですが、 Macに【P207】の電話帳メモリーをバックアップのためにリストアップしていました。 せめてそれを、と持ち帰った【P503is】に朝までかかって手入力しました。 そして翌日のお昼、旧機が購入店に戻ってきたという連絡がありました。 レポート用紙とペンを持参、閉店間際の店に行きました。 いたのは前日とはまた違う別のコギャル店員でした(昨日の子はどうしたんだろう?)。 僕は広い受付カウンターに座り、レポート用紙を広げ、 新しいのと古いの、2つの携帯電話を両手に持ち、1件ずつ確認、 新機に入ってなくて旧機に入っている番号や 変更してある番号も書き出していきます。 慣れない新機にまごまごと手入力するよりこの方がずっと速いのです。 ところでその戻ってきた旧機、メモリーは前の方の2件がすでに消えていました。 どっちにしてももう死にかけだったのです (か、メモリー移動を実行した時に消えたのか!?)。 コギャル店員達のお喋りを聞きながら、 僕の地道な作業は進行していき、1時間半後にやっと無事に完了しました。 でもこれで終わりではないのです。 帰ってから、ようやく本当に自分のものになった(!?)【P503is】に この書き出した番号、レポート用紙裏表2枚分を手入力しなければならないのでした。 |
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2001年09月06日 04時06分40秒
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なんとか納得した(ような、ふりをした)コギャル店員は、 営業時間が終わったドコモに何度も何度も電話をかけましたが、やはり誰も出ません。 力なく電話をかけながら 「もう営業が終わっちゃっているんで・・・」 と、僕に言い、諦めてもらおうとしていますが、 シカトして店内の様々な携帯電話を見て回っていました。 電話をかけられているドコモの方も 「うるさいなぁ」と思ったのでしょうか、「緊急かな」と思ったのでしょうか。 15回目ぐらいにやっと出ました。 僕の言い分をそのコギャル店員は長々と、可哀相に(!)泣き泣き説明し、 なんとか一時、【P207】を購入店に返却し、その後、再回収する、 ということを了承してもらったようでした。 【P503is】はお金も払っているので、当然持って帰りました。 |
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2001年09月06日 04時06分49秒
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申し込み時には電源はまだ入りました。 メモリーもまだ全然消えていませんでした。 ドコモもそうすぐすぐメモリー削除も、電話機廃棄もしているとは思えません。 僕が【P503is】と一緒に再び【P207】も持ち帰る、 というのは問題があるでしょうから、 回収されたばかりの旧機をドコモから引き上げてきて、 買ったこの店で、手書きでメモリーを控えさせろ、と言い、 そのコギャル店員と僕との、長い長い押し問答が始まりました。 「(結果が)”水没”と出ちゃって、メモリーが移動できません」 「もう回収した後でここには前の携帯はありません」 「受付時に、メモリーが移動できない場合もある、と言いました」 結局は、この3点を繰り返し繰り返し言っているようです。 ・・・それはわかっています。 僕はメモリーが移動できないのを怒っているのではありません。 何度も言いますが、前回言ったように、メモリー移動ができないならできないで 連絡しろ、そして少しは対処させろ、ということなのです。 |
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2001年09月04日 00時08分23秒
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「7時半ぐらいに取りに来て下さい」 ということで再度、夜、購入店に行きました。 しかし、そこからが悲劇の始まりでした。 「電話帳メモリーを移すことができなかったので、今は何も入っていません」 「・・・えっ!?」 ”水没”という判断だったようです。 しかもメモリー部の腐食が始まっていて、 旧機から新機へのメモリーの移動が不可能だったそうです。 で、その移せなかった新品の携帯【P503is】を「どうぞ」と差し出されましたが、 じゃぁ、前の携帯【P207】は・・・? 回収されてここにはありません、と。 携帯電話のメモリーにしか入っていない番号もあり、それは大変困ります! 「メモリーを完全に移すことができない場合もあります、ご了承ください」 と、申し込みの時に言われましたが、 旧機からのメモリーの移動ができないならできないで、 それが判明した時点で本人に知らせるべきです。 メモリーが移らない場合もある、というのは確かに了承しましたが、 だからといって、その対処もさせないで放棄させるというのには了承してません。 前もってメモリーを控えていなかった僕も悪いのですが、 その確認も申し込みの時にするべきです。 新機の受け渡しの時に、旧機を回収した上に 「ハイ、それまでよ」というのはどうにも納得がいきません。 |
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2001年09月03日 02時14分11秒
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「そりゃヤバい・・・」 TOY MACHINEさんが携帯のことであまりにもおどかすので(笑・・・BBS参照)、 いてもたってもいられず、8月31日金曜日17時、 これまでのドコモ【P207】から【P503is】に機種変更しました。 これまでのリサーチの結果、購入店も決めていました。 機種も決めていました。 本日中に受け取りたかったので、 その日の最終受付時間である18時15分までに行かなければなりません。 ・・・ギリギリ間に合いました。 ちょっと前、この店に下見に来た時よりもなぜか2800円も値上りしています。 しまった、と思いましたが、第2希望の購入店に移動する時間もありません。 それに僕自身、絶対に今日、新しい携帯が欲しい体になっています。 リサーチの中では最安値ではなくなりましたが、もう後戻りはできません。 ・・・申し込みをしました。 ところで、どこのどの携帯電話屋さんも、 なぜコギャル風な店員ばかりなのでしょうか。 |
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2001年09月03日 02時10分20秒
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映画「007」シリーズ20作目にあたる最新作において、 ジェームズ・ボンドの愛用車、”ボンドカー”に アストン・マーチン「V12バンキッシュ」が使用されるそうです。 前作までの3作はBMWでした。 アストン・マーチンは・・・ DB5が『ゴールドフィンガー』『サンダーボール作戦』、 DBSが『女王陛下の007』、V8が『リビング・デイライツ』、 そして、DB5が『ゴールデンアイ』です。 でも僕は『私を愛したスパイ』の 水陸両用、水中銃、対空ミサイル、墨を吐いて水雷を放つ、 ロータス・エスプリがやっぱ一番好きです。 |
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2001年09月01日 00時11分51秒
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